あるもので暮らす 

『あるもので暮らす』身の丈にあったコンパクトでズボラな暮らし

MENU <

子どもの発達障害について

スポンサーリンク

 もしかしたらちらっと過去に書いたことがあるかもしれないけど、

次男は自閉症スペクトラムという発達障害を持っています。

 

はっきりと書くことが、はたして次男のためになるのかならないのか。。

将来ひょっとしたら個性の範疇(はんちゅう)に収まり、

自閉症などと誰にもバレず生きていけるかもしれないのに。。

 

そんな親の淡い希望もあり、はっきりと書くことに悩んだこともありました。

 

ただ最近知り合いの職場で働く子の話を聞いて少し考えが変わってきました。

その子は発達障害などの申告はないものの、とにかく仕事ができず、空気も読めず、話も通じないらしい。それらを称して『変わってる人』と言われている。

 

てんかんをもっているらしく、頻繁に職場で倒れるらしい。

てんかんでそんなに倒れたら体に何らかのダメージがありそうだけど、

その子は少し休めば復活するらしい。

 

皆てんかんの知識は浅いものの、「(倒れるのは)嘘じゃないの?」と疑い

早く辞めてほしいと迷惑がっているらしい。

 

私はその子が発達障害な気がしました。(あくまで勝手な想像だけど)

なんで倒れているかは別として、上手くコミュニケーションが取れなかったり、

上手く取れてないことにも気がつかなかったり、

手先の不器用さや、あいまいな表現の言葉を理解できないところなど

次男とダブってしまった。。

 

発達障害などの困りごとがある人たちには、

絶対的に周りのサポートが必要だと思っている。

 

・周りの理解 

・周りの助け(サポート)

 

その人の障害について周りに正しく理解されているかどうかは、とても重要だと思う。

ましてや発達障害など一見普通と何も変わらない見た目なので、

性格が悪いとか親のしつけができてないなどと誤解されやすい。

特に自閉症スペクトラムは困りごとがみんなそれぞれ違うので

理解が難しいように思う。

 

そして周りのサポートにおいては、大人になって普通の社会に混じってやっていく場合、ゼロに等しい。障害を伝えても、理解が得られなければ助けてはもらえない。

観察するに、その人の役得(やくとく)というか、どれだけ理解されているか、

どれだけ好かれているか、許されているか、求めているかによるところはある。

 

素直に「手伝って」と言えるか。

なんか憎めない。なんか許しちゃう人であるか。

変わっているけどなんか良いとこある人か。

 

皆さんのまわりにも障害の有無関係なく、変わっているけどなんか面白くて憎めない人っていませんか?

できるなら次男には、そうゆう人になってほしいと願う。

 

次男は早期療育からはじまり、現在3箇所で療育を受けています。

さらに発達障害のNPOへも参加させてもらうことになった。

 

私は身内や周りの近い人などには子どもの障害について

わりとさらっと自閉症だと伝えてしまうのですが、

(理解なさそうな人や、言う必要のない人には逆に絶対言いませんが)

この行為は障害を(妨げになるほうの)障害だとは思ってほしくないからと、

多分がっつり理解することはできなくても、理解するための下地というか

理解してくれる人口の裾野(すその)を増やすための行為のつもりもあって

さらっと言います。

 

「うちの子自閉症で〜」と言ったことで、「私の友達の子も自閉症だよ」といって

情報を得るきっかけになったりしたこともあります。

誰かのブログを読んで療育の必要性を感じたり、NPOの参加もネットの情報がきっかけです。

 

なので伝えるデメリットもあると思うのですが、確実にメリットもある。

特にブログは見るだけの人ならデメリットはないかと思います。

私なんかのブログで発達障害を知る裾野が広がるとか、

理解が深まるとかないと思うし、そんなのおこがましいですけど。

 

次男の障害を知った時、いろんなブログを読ませていただいて救われました。

こうゆう一例もあるんだな、と思って読んでいただけたら、と思います。

 

 

↓↓こちらのランキングに参加しています。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマルライフ(持たない暮らし)へ